あけど亮太に関する記事へのお詫びと説明

先日、とあるサイトに『「明ヶ戸元議員」は選良たる議員の資格ゼロ!』という中見出しの記事が公開されている旨の情報が届いたのでその件についてお詫びと説明をいたします。※文中には他1名の議員の名前も挙がっていますがそちらはブログ中では伏せておきます。

お詫びについては、この件を知人に話をしたところ「ネタ的につまらん!もっと面白いのもってこい!」と期待外れの内容だったことをお詫びいたします。ちなみに、その方は面白いスキャンダルならば酒の肴にしたかったそうです、、、

さて、本題であるその記事の内容について、時系列に沿って説明をしていきます。

まず記事の内容を一部引用して説明します。

「明ヶ戸元議員は、市長の不正、不法行為の情報を入手したら、即座に川合市長に密告するという、単なるスパイ議員であり、議会制民主主義を裏切る腐敗議員ということだ。議員としての自分宛てに送られた市民からの手紙について、同じ会派の議員らと協議することさえせずに、行政権力の飼い犬同然の条件反射で、開封したと同時に、川合市長に報告していたという事実だけでも大罪というものだが、この明ヶ戸元議員は、なんと次は埼玉県議の座を狙うというのだから閉口する。」(2023.01.28 掲載)

いきなりこんな文章を見ても訳が分からないと思うのですが、事の発端は同サイト2019年12年25日の記事に遡ります。

その記事を要約すると、「市長が買春をしているという情報を明ヶ戸議員が言いまわっていたが、その情報がおおやけになったら手のひらを返したように慌てて市長に抱かれに行った、、、」といった内容です。

この日を境に同サイト内で「明ヶ戸は市長の子分である」的な扱いを受けるようになり、今は選挙も近いことがあり新たにボクを叩く(議員としてふさわしくないといった)内容の記事が上がったものと推察しています。

ちなみにボクは市議時代、是々非々を貫いてきたので、市長上程議案でもおかしいと思うものは反対をしてきたし、台風対策では市長の対応を厳しく批判もしてきました。※Yahoo!ニュースに掲載されるなど↓

ボクのスタンスを知っている人ならば「市長派」というレッテルを貼ることは無いと思うのですが、日ごろの議会に目を通していなければなかなか理解されないのかもしれませんね。

事実関係の羅列から何を考えるか?

今回、埼玉県議会議員選挙に出馬の表明をしている方はボクにも大勢いますが、なぜボクとももう一人の議員だけが批判されたのでしょうか?

ここから先は事実関係だけの羅列なので、解釈はこれを読んでいただいている方にお任せいたします。

2017年1月22日、川越市長選挙が行われ、結果は現職の川合よしあき市長が三選を果たしました。

その対立候補となったのが元埼玉県議会議員の渋谷実氏ですが、その市長選挙前から同サイトでは執拗な川合市長批判が繰り広げられ(※係争中のものもあるので事実関係には記載しません)、市長選挙投票日には渋谷実候補を褒め称える記事が公開されました。(これは公選法違反に該当する可能性あり)

そして今回の埼玉県議会議員選挙では、渋谷実氏の娘さんが出馬を表明しており、他に出馬を表明しているボクともう一名の議員が名指しで批判をされています。

以上が事実関係の羅列です。

記事を信じる人がいれば別の何かを想定する人もいるかと思いますが、それは皆さんの判断に委ねます。

今回の誹謗中傷?怪文書?とも思える記事がどのような影響をもたらすかは分かりませんが、名前が出ているので説明責任だけは果たしておきたいと思いブログにまとめてみました。

ここで説明した内容に関する同サイト記事のリンクを貼っておきますので、暇で暇で仕方がない人は是非ご覧ください。

●あけど批判最新版
https://www.gyouseinews.com/3219/%e6%96%b0%e6%98%a5%e7%89%b9%e5%a0%b1-%e7%ac%ac%ef%bc%91%e5%bc%be/

●過去にあけどが市長に抱かれに行ったと書いてある記事
https://www.gyouseinews.com/440/20191225/

●市長選挙投票日に対立候補者を褒め称える記事
https://www.gyouseinews.com/2154/20170122/

令和5年度 埼玉県議会議員選挙 投開票日が2023年4月9日(日)に決定!!

明ヶ戸亮太(あけど亮太)
1981年生まれ:前 川越市議会議員(三期)・広告会社代表取締役・ICTコンサルタント・ファイナンシャルプランナー / JAPAN MENSA会員 / フィジーカー(APF大会、アスリートモデル部門優勝)
マルチタスク・ラボ
Twitterアカウント
著書:マルチタスク思考

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※川越市のプロフィール(川越市HPより抜粋)
川越市は、埼玉県の中央部よりやや南部、武蔵野台地の東北端に位置し、109.13平方キロメートルの面積と35万人を超える人口を有する都市です。
遠く古代より交通の要衝、入間地域の政治の中心として発展してきた川越は、平安時代には桓武平氏の流れをくむ武蔵武士の河越氏が館を構え勢力を伸ばしました。室町時代には、河越城を築城した太田道真・道灌父子の活躍により、扇谷上杉氏(おうぎがやつうえすぎし)が関東での政治・経済・文化の一端を担うとともに、河越の繁栄を築きました。江戸時代には江戸の北の守りとともに舟運を利用した物資の集積地として重要視されました。
大正11年には埼玉県内で初めて市制を施行し、昭和30年には隣接する9村を合併し現在の市域となり、平成15年には埼玉県内で初めて中核市に移行しました。
川越市は、都心から30キロメートルの首都圏に位置するベッドタウンでありながら、商品作物などを生産する近郊農業、交通の利便性を生かした流通業、伝統に培われた商工業、豊かな歴史と文化を資源とする観光など、充実した都市機能を有しています。現在も、埼玉県南西部地域の中心都市として発展を続けています。
市内エリア:本庁管内、芳野地区、古谷地区、南古谷地区、高階地区、福原地区、山田地区、名細地区、霞ケ関地区、霞ケ関北地区、大東地区、川鶴地区

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